鶯谷散歩
9月15日に鶯谷周辺を散歩しました。
まずは山手線の車窓から見える元三島神社です。

歓楽街のど真ん中に鎮座しています。

歓楽街は身も心もデレ~となりますが、そんな気分に喝を入れそうな厳めしい狛犬さまでした。

元寇の際に大活躍した河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、当地に分霊を勧請して創建したと伝えられます。1710年に浅草小揚町へ遷座(寿三島神社)することになったものの、地元氏子の協議により当地にあった熊野社と合祀して元三島社と称したといいます。

場所柄、お参りを敬遠していましたが、重厚で威厳のある石灯籠は素晴らしく、白い玉砂利もまかれているので境内の雰囲気はとても良かったです。

旧陸奥宗光邸です。
現存する都内最古の住宅用洋館です。案外小さい建物ですが存在感があります。小柄だったそうですがタフな交渉人であった陸奥宗光思わせます。

八二神社です。
明治5年加賀の前田家が当地に移住した際に屋敷内に創建した神社です。
この神社があり根岸界隈は今ではラブ街ですが、かつて鶯谷一帯が閑静な別荘地であったことの名残と言えます。

最後に正岡子規の邸宅です。
この建物は再建したものです。この建物もまた閑静な別荘地であったことの名残と言えます。
いままで鶯谷は山手線で通り過ぎるだけの街でした、散歩してみると陰と陽が入り乱れる魅力的な場所でした。
まずは山手線の車窓から見える元三島神社です。

歓楽街のど真ん中に鎮座しています。

歓楽街は身も心もデレ~となりますが、そんな気分に喝を入れそうな厳めしい狛犬さまでした。

元寇の際に大活躍した河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、当地に分霊を勧請して創建したと伝えられます。1710年に浅草小揚町へ遷座(寿三島神社)することになったものの、地元氏子の協議により当地にあった熊野社と合祀して元三島社と称したといいます。

場所柄、お参りを敬遠していましたが、重厚で威厳のある石灯籠は素晴らしく、白い玉砂利もまかれているので境内の雰囲気はとても良かったです。

旧陸奥宗光邸です。
現存する都内最古の住宅用洋館です。案外小さい建物ですが存在感があります。小柄だったそうですがタフな交渉人であった陸奥宗光思わせます。

八二神社です。
明治5年加賀の前田家が当地に移住した際に屋敷内に創建した神社です。
この神社があり根岸界隈は今ではラブ街ですが、かつて鶯谷一帯が閑静な別荘地であったことの名残と言えます。

最後に正岡子規の邸宅です。
この建物は再建したものです。この建物もまた閑静な別荘地であったことの名残と言えます。
いままで鶯谷は山手線で通り過ぎるだけの街でした、散歩してみると陰と陽が入り乱れる魅力的な場所でした。
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鳥越・蔵前周辺のお稲荷様その4 新御徒町駅周辺
鳥越・蔵前周辺のお稲荷様を紹介するシリーズの最終回は新御徒町駅周辺です。
元浅草にある孫三稲荷神社です。細長い社殿が特徴的です。台東区の街角のお稲荷様は特徴的な意匠が多いです。

徳川家康が、「孫三」と名乗る者に馬の轡を取らせ安倍川を渡ったが、後にその孫三を探したところ該当者はなく、安倍川の川辺に「孫三」の名を持つ祠があったことから、この稲荷の化身であったという霊験により、1590年に関東入国の際、家康の命により稲荷の神体ごと江戸に遷座その後当地に移転したそうです。

小丸山稲荷神社です。路地裏にある秘密基地を見つけたような気分になる神社です。

清川稲荷神社・梅森稲荷神社です。小さいながらも木が植えられており箱庭のような趣の神社です。

昭和3年に建てられて台東区立旧小島小学校です。台東区のアパレル、アクセサリー、工芸関連の創業者支援施設「台東区デザイナーズビレッジ」として使用されています。灯台のような校舎は今見てもおしゃれです。
最近は寺社周辺にある近代建築物を見るのも好きです。理由は前回の記事のとおりです。

今回紹介した神社周辺の神社は次の通りです。
上野稲荷巡りその4 下谷神社周辺
上野稲荷巡りその3 下谷神社
この記事により台東区の南半分は紹介したつもりですが、北半分(浅草寺から見て北千住方面)はあまりなく、まだまだお参りしたことのない寺社が多い地区です。
また、手前みそですが、この記事により神田、日本橋、上野、本所・深川と下町の街角のお稲荷様は8割方紹介したと自負しております。
次回からは千葉県内の寺社が続きます。
元浅草にある孫三稲荷神社です。細長い社殿が特徴的です。台東区の街角のお稲荷様は特徴的な意匠が多いです。

徳川家康が、「孫三」と名乗る者に馬の轡を取らせ安倍川を渡ったが、後にその孫三を探したところ該当者はなく、安倍川の川辺に「孫三」の名を持つ祠があったことから、この稲荷の化身であったという霊験により、1590年に関東入国の際、家康の命により稲荷の神体ごと江戸に遷座その後当地に移転したそうです。

小丸山稲荷神社です。路地裏にある秘密基地を見つけたような気分になる神社です。

清川稲荷神社・梅森稲荷神社です。小さいながらも木が植えられており箱庭のような趣の神社です。

昭和3年に建てられて台東区立旧小島小学校です。台東区のアパレル、アクセサリー、工芸関連の創業者支援施設「台東区デザイナーズビレッジ」として使用されています。灯台のような校舎は今見てもおしゃれです。
最近は寺社周辺にある近代建築物を見るのも好きです。理由は前回の記事のとおりです。

今回紹介した神社周辺の神社は次の通りです。
上野稲荷巡りその4 下谷神社周辺
上野稲荷巡りその3 下谷神社
この記事により台東区の南半分は紹介したつもりですが、北半分(浅草寺から見て北千住方面)はあまりなく、まだまだお参りしたことのない寺社が多い地区です。
また、手前みそですが、この記事により神田、日本橋、上野、本所・深川と下町の街角のお稲荷様は8割方紹介したと自負しております。
次回からは千葉県内の寺社が続きます。
蔵前・鳥越周辺のお稲荷様その3 浅草駅周辺のお稲荷様
今回紹介するのは都営浅草線の浅草駅から大江戸線の蔵前駅にかけての寺社です。

まずは浅草といえば、スカイツリーとスーパードライホールの「フラムドール」です。右の建物は駒形橋ですが改修工事のため足場が組まれていて屋根付橋のような趣です。

浅草寺の駒形堂です。ご本尊の観世音菩薩が示現された場所にあり浅草寺発祥の地と言われています。
さて、通常の寺社巡りではこの後浅草寺に向かいますが、蔵前方面に向きを変えた場所にあるのが寿三島神社です。

元寇の弘安の役の際に、河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、上野金杉村に分霊を勧請して金杉に創建したといわれており、1710年(6代将軍の頃)この地に移りました。

台東区には同じ由緒の三島神社が2社あります。愛嬌のある狛犬様がいい感じです。

寿三島神社から大江戸線蔵前駅に方面に進んだ場所にある黒船神社です。

祭神はお稲荷様です。平将門の乱を平定した藤原秀郷が財宝を積んだ黒船に白狐がいる霊夢を見て、この地に創建した古社です。江戸っ子は神田明神をお参りする一方で打ち取った藤原秀郷も好きなようですね。

境内は小さいながらも重厚な趣で波間を飛ぶ鶴の彫刻が見事です。
浅草駅から浅草橋駅は古代に創建された神社が多く改めてこの土地は聖地に違いないと思いました。次回は新御徒町駅周辺です。

まずは浅草といえば、スカイツリーとスーパードライホールの「フラムドール」です。右の建物は駒形橋ですが改修工事のため足場が組まれていて屋根付橋のような趣です。

浅草寺の駒形堂です。ご本尊の観世音菩薩が示現された場所にあり浅草寺発祥の地と言われています。
さて、通常の寺社巡りではこの後浅草寺に向かいますが、蔵前方面に向きを変えた場所にあるのが寿三島神社です。

元寇の弘安の役の際に、河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、上野金杉村に分霊を勧請して金杉に創建したといわれており、1710年(6代将軍の頃)この地に移りました。

台東区には同じ由緒の三島神社が2社あります。愛嬌のある狛犬様がいい感じです。

寿三島神社から大江戸線蔵前駅に方面に進んだ場所にある黒船神社です。

祭神はお稲荷様です。平将門の乱を平定した藤原秀郷が財宝を積んだ黒船に白狐がいる霊夢を見て、この地に創建した古社です。江戸っ子は神田明神をお参りする一方で打ち取った藤原秀郷も好きなようですね。

境内は小さいながらも重厚な趣で波間を飛ぶ鶴の彫刻が見事です。
浅草駅から浅草橋駅は古代に創建された神社が多く改めてこの土地は聖地に違いないと思いました。次回は新御徒町駅周辺です。
鳥越・蔵前周辺のお稲荷様その2 蔵前駅周辺
今回紹介するのは地下鉄浅草橋駅の隣にある蔵前駅周辺の教会・神社です。
まずは廣澤稲荷神社です。
元々は浅草寺近くに田原町にあったとのことです。

宗右エ門稲荷神社です。由緒は不明ですが長屋のお稲荷様がそのまま現在に残ったのでしょうか?

揖取稲荷神社です。かじとりいなりと読みます。
街中のお稲荷様としては堂々とした社殿です。

慶長年間に江戸幕府米倉造営用の石材を船で運搬中の遭難を避けるため創建したといわれております。
ちなみにこの神社はポケGOのスポットらしく、それらしい人たちで賑わっていました。

最後に日本聖公会浅草聖ヨハネ教会です。

1929年(ブラックマンデーの年)に建造された鉄筋コンクリート造の教会です。
国登録有形文化財で、端正な雰囲気がいいです。

このブログは寺社巡りといいつつ教会や戦前の建物が登場します。それは教会は寺社同様、神聖な場所で東京の戦災・再開発の嵐を生き延びた建物は存在自体が神聖です。つまり私の中では寺社と同列です。
次回は浅草線の浅草駅周辺の神社を紹介します。
まずは廣澤稲荷神社です。
元々は浅草寺近くに田原町にあったとのことです。

宗右エ門稲荷神社です。由緒は不明ですが長屋のお稲荷様がそのまま現在に残ったのでしょうか?

揖取稲荷神社です。かじとりいなりと読みます。
街中のお稲荷様としては堂々とした社殿です。

慶長年間に江戸幕府米倉造営用の石材を船で運搬中の遭難を避けるため創建したといわれております。
ちなみにこの神社はポケGOのスポットらしく、それらしい人たちで賑わっていました。

最後に日本聖公会浅草聖ヨハネ教会です。

1929年(ブラックマンデーの年)に建造された鉄筋コンクリート造の教会です。
国登録有形文化財で、端正な雰囲気がいいです。

このブログは寺社巡りといいつつ教会や戦前の建物が登場します。それは教会は寺社同様、神聖な場所で東京の戦災・再開発の嵐を生き延びた建物は存在自体が神聖です。つまり私の中では寺社と同列です。
次回は浅草線の浅草駅周辺の神社を紹介します。