亀戸香取神社 江東区亀戸
12月7日に大学のOBに誘われて亀戸周辺をウオーキングし、その際、香取神社をお参りしました。


この日は冷たい雨でしたが、おかげで雨に濡れて銀杏も境内もしっとりとした趣でした。

御祭神が武道の神である香取大神であり、平将門を打ち取った藤原秀郷が戦勝の返礼に弓矢を奉納したことから古来から武芸上達の御利益があり、今ではスポーツ振興の御利益があります。そのせいか狛犬様がアスリートのように凛々しいです。

亀戸大根の碑です。江戸時代この地域は大根の名産地でした。

鎮座1350年記念として置かれた勝石です。亀戸という地名のせいかゾウガメにしか見えません。

境内社です。軍神に付き従う従者のように整然と並んでいます。

23区は区ごとに歴史が異なるので神社事情も異なります。都内でも葛飾区、江戸川区、江東区はかつて下総国だったので「香取神社」が多くこの神社は都内にある「香取神社」の代表的存在です。
香取神宮はお参りしたい神社です。しかし、片道2時間でバスの本数が少ないことがネックです。ちなみに、同じ一宮でも鹿島神宮は移動時間は掛かるものの、バスは本数が多いので行きやすいことに最近気づきました。

亀戸という地名の由来である「亀の井」です。この神社は藤原鎌足が、東国下向の際に、まだ「亀島」と呼ばれた島であった当地に香取大神を勧請したという謂れがあります。
現在下町と呼ばれる地域は古代は海や広大な沼だったそうです。しかし寺社がある地域は中洲や島だったそうです。地形をキーワードにすると神社の成り立ち・歴史がよりよく知ることができますね。
この神社の魅力は地域の歴史が凝縮されていることです。隣にある亀戸天神(こちら)と合わせてお参りすることをお勧めします。


この日は冷たい雨でしたが、おかげで雨に濡れて銀杏も境内もしっとりとした趣でした。

御祭神が武道の神である香取大神であり、平将門を打ち取った藤原秀郷が戦勝の返礼に弓矢を奉納したことから古来から武芸上達の御利益があり、今ではスポーツ振興の御利益があります。そのせいか狛犬様がアスリートのように凛々しいです。

亀戸大根の碑です。江戸時代この地域は大根の名産地でした。

鎮座1350年記念として置かれた勝石です。亀戸という地名のせいかゾウガメにしか見えません。

境内社です。軍神に付き従う従者のように整然と並んでいます。

23区は区ごとに歴史が異なるので神社事情も異なります。都内でも葛飾区、江戸川区、江東区はかつて下総国だったので「香取神社」が多くこの神社は都内にある「香取神社」の代表的存在です。
香取神宮はお参りしたい神社です。しかし、片道2時間でバスの本数が少ないことがネックです。ちなみに、同じ一宮でも鹿島神宮は移動時間は掛かるものの、バスは本数が多いので行きやすいことに最近気づきました。

亀戸という地名の由来である「亀の井」です。この神社は藤原鎌足が、東国下向の際に、まだ「亀島」と呼ばれた島であった当地に香取大神を勧請したという謂れがあります。
現在下町と呼ばれる地域は古代は海や広大な沼だったそうです。しかし寺社がある地域は中洲や島だったそうです。地形をキーワードにすると神社の成り立ち・歴史がよりよく知ることができますね。
この神社の魅力は地域の歴史が凝縮されていることです。隣にある亀戸天神(こちら)と合わせてお参りすることをお勧めします。
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牡丹住吉神社と佐賀稲荷神社
7月から千葉ニュータウンにある部署に異動します。そのため今までのように仕事が早く終わった際に寺社を巡ったり美術館に行ったりは難しくなるのがちょっと残念です。勤時間は1時間半かかりますが、確実に座れるのが救いです。
しばらくの間、寺社ネタは日が明るいうちに帰宅できた際にお参りした神社を紹介していきます。
まずは江東区の門前仲町駅周辺にある牡丹住吉神社と佐賀稲荷神社です。

門前仲町駅から見て木場方面の江東区牡丹にあります。

享保4年に当地周辺が佃島の漁民の網干場となったことから、佃島住吉神社の分祀として創建されたとのことです。

白い玉砂利が印象的な境内です。

佐賀稲荷神社は、江東区佐賀にあり寛永7年に創建したとのことです。

境内です。学生の頃、大学が休みの時は警備員のアルバイトをしており事務所がこの神社の近辺にありました。
門前仲町は富岡八幡や昔ながらの居酒屋が多い牡丹住吉神社周辺が注目されますが、個人的には佐賀稲荷周辺に愛着があります。

最後に佐賀稲荷神社近くに架かる墨田川大橋から見た風景です。アーチが美しい清州橋です。墨田川大橋からはアーチとスカイツリーの両方を愛でることができます。

永代橋です。このタワーマンションは私が高校生の頃つまりバブルの頃完成したものです。正直なところタワーマンション自体は見て美しいと思うことはありませんが、永代橋から見るこのリバーシティ21の均整美はお勧めしたい下町の風景です。
江東区にある会社の拠点は実は来年閉鎖。そして私は異動。思い出深い江東区から離れるのもかなり残念ではありますが、案外新しい部署に行く道中の足立区、葛飾区、市川市にあるまだ見ぬ寺社との出会いがあるかもしれません。
しばらくの間、寺社ネタは日が明るいうちに帰宅できた際にお参りした神社を紹介していきます。
まずは江東区の門前仲町駅周辺にある牡丹住吉神社と佐賀稲荷神社です。

門前仲町駅から見て木場方面の江東区牡丹にあります。

享保4年に当地周辺が佃島の漁民の網干場となったことから、佃島住吉神社の分祀として創建されたとのことです。

白い玉砂利が印象的な境内です。

佐賀稲荷神社は、江東区佐賀にあり寛永7年に創建したとのことです。

境内です。学生の頃、大学が休みの時は警備員のアルバイトをしており事務所がこの神社の近辺にありました。
門前仲町は富岡八幡や昔ながらの居酒屋が多い牡丹住吉神社周辺が注目されますが、個人的には佐賀稲荷周辺に愛着があります。

最後に佐賀稲荷神社近くに架かる墨田川大橋から見た風景です。アーチが美しい清州橋です。墨田川大橋からはアーチとスカイツリーの両方を愛でることができます。

永代橋です。このタワーマンションは私が高校生の頃つまりバブルの頃完成したものです。正直なところタワーマンション自体は見て美しいと思うことはありませんが、永代橋から見るこのリバーシティ21の均整美はお勧めしたい下町の風景です。
江東区にある会社の拠点は実は来年閉鎖。そして私は異動。思い出深い江東区から離れるのもかなり残念ではありますが、案外新しい部署に行く道中の足立区、葛飾区、市川市にあるまだ見ぬ寺社との出会いがあるかもしれません。
大島愛宕神社 江東区大島
日も長くなりました。先週は明るいうちに仕事が終わったので江東区大島にある大島愛宕神社をお参りしました。

地下鉄住吉駅から大島方面にある神社です。
道中にある猿江恩賜公園はチューリップが見ごろでした。

毎年、猿江恩賜公園にチューリップを見るのを楽しみにしており、色とりどりのチューリップを昼休みに見てはなごんでます。今回初めて皆様に紹介ができました。

大島愛宕神社は猿江恩賜公園を過ぎ、横十間川を渡りさらに大島方面に進んだ場所にあります。

創建年代は不明ですが、元禄年間にこの地に鎮座したとのことです。

この神社の見どころは、小林一茶の碑です。小林一茶は40代前半の一時期を愛宕神社に仮住いしていたそうです。江東区の寺社は深川界隈に集中していますが、個人的には大島から砂町界隈も注目しています。
会社帰りに寄る場合、自宅と逆方向というネックがあるものの、今後この界隈の寺社を紹介できたらなと思っています。

地下鉄住吉駅から大島方面にある神社です。
道中にある猿江恩賜公園はチューリップが見ごろでした。

毎年、猿江恩賜公園にチューリップを見るのを楽しみにしており、色とりどりのチューリップを昼休みに見てはなごんでます。今回初めて皆様に紹介ができました。

大島愛宕神社は猿江恩賜公園を過ぎ、横十間川を渡りさらに大島方面に進んだ場所にあります。

創建年代は不明ですが、元禄年間にこの地に鎮座したとのことです。

この神社の見どころは、小林一茶の碑です。小林一茶は40代前半の一時期を愛宕神社に仮住いしていたそうです。江東区の寺社は深川界隈に集中していますが、個人的には大島から砂町界隈も注目しています。
会社帰りに寄る場合、自宅と逆方向というネックがあるものの、今後この界隈の寺社を紹介できたらなと思っています。
続 本所深川稲荷めぐり12 門前仲町界隈
続 本所深川稲荷めぐり13の最終編は深川の中心地といっても過言ではない門前仲町界隈(隅田川より)のお稲荷様です。
まずは出世稲荷です。
江東区「永代」という縁起の良い町名にあるお稲荷様です。いつ頃からあるかは不明です。
この永代という町はお稲荷様の密度が濃く、「東京お稲荷様MAP」には、民家の隙間にあって入りづらい、民家の玄関わきにあって撮影しづらい、再開発で存在しないお稲荷様もありました。

同じく「永代」にある徳壽神社です。
江戸時代に、高津家(鰹節のにんべん)の長屋があり、その掘割りに稲荷大神のご神像が流れ着き、長屋の人達によりお祀りされるようになったのが由来とのことです。商家が創建したお稲荷様が多くあるのもこの地域の特徴といえます。

細長い参道の神社です。こんな感じの神社は都会ならでは風情です。近年本所深川はおしゃれなカフェが増え、おしゃれピーポー達が集まるようになってますが、異世界につながるような細い路地もまだまだ健在です。

伏見稲荷です。この神社周辺は昭和な風景がエアポケットのように残されております。江東区は昭和と最先端な街並みが同居している地域といえます。

紀国屋文左衛門が建立した紀文稲荷です。私が昔、この地にある警備会社でバイトしていたころは倉庫街でしたが今ではオフィス街です。

深川界隈のお稲荷様の中で神域が最も広いお稲荷様です。

一旦さびれたのですが、戦前に再建されたとのことです。小さいながらも富士塚があることを最近知りました。
お稲荷様はかつては街のシンボルでもありました。お稲荷様をいろいろめぐることで地域ごとのいろいろな姿を知ることができます。近年増えているおしゃれな店(とはいえ大半は2~3年でつぶれるといっても過言ではない)を巡るよりも充実した下町散策ができます。 本所深川稲荷めぐりで皆様にお勧めしたいのはこのことです。次回は番外編です。
まずは出世稲荷です。
江東区「永代」という縁起の良い町名にあるお稲荷様です。いつ頃からあるかは不明です。
この永代という町はお稲荷様の密度が濃く、「東京お稲荷様MAP」には、民家の隙間にあって入りづらい、民家の玄関わきにあって撮影しづらい、再開発で存在しないお稲荷様もありました。

同じく「永代」にある徳壽神社です。
江戸時代に、高津家(鰹節のにんべん)の長屋があり、その掘割りに稲荷大神のご神像が流れ着き、長屋の人達によりお祀りされるようになったのが由来とのことです。商家が創建したお稲荷様が多くあるのもこの地域の特徴といえます。

細長い参道の神社です。こんな感じの神社は都会ならでは風情です。近年本所深川はおしゃれなカフェが増え、おしゃれピーポー達が集まるようになってますが、異世界につながるような細い路地もまだまだ健在です。

伏見稲荷です。この神社周辺は昭和な風景がエアポケットのように残されております。江東区は昭和と最先端な街並みが同居している地域といえます。

紀国屋文左衛門が建立した紀文稲荷です。私が昔、この地にある警備会社でバイトしていたころは倉庫街でしたが今ではオフィス街です。

深川界隈のお稲荷様の中で神域が最も広いお稲荷様です。

一旦さびれたのですが、戦前に再建されたとのことです。小さいながらも富士塚があることを最近知りました。
お稲荷様はかつては街のシンボルでもありました。お稲荷様をいろいろめぐることで地域ごとのいろいろな姿を知ることができます。近年増えているおしゃれな店(とはいえ大半は2~3年でつぶれるといっても過言ではない)を巡るよりも充実した下町散策ができます。 本所深川稲荷めぐりで皆様にお勧めしたいのはこのことです。次回は番外編です。