続日本橋寺社巡り その4
日本橋はお稲荷様の密集地です。まだお参りしていないお稲荷様もありますが、このシリーズは今回で最終です。

日本橋本町にある福田稲荷神社です。由緒によると平城京が建てられた頃にはこの地にあったということです。綺麗に整備されているので今なお大切に祀られております。

同じく日本橋本町にある両社稲荷神社です。由緒は定かではありませんが、江戸時代初期にはこの地にあり再開発で一旦取り壊されましたが、近年新たに造営されました。お稲荷様は商売繁盛の神様ですが日本橋の繁栄ぶりの秘密は信心深さのおかげでしょうか?

日本橋宝町にある家内喜稲荷神社です。先ほど紹介した2社のお稲荷様からみて昭和通りを渡った場所にあります。
「やなぎりいなりじんじゃ」と読むます。由緒は不明ですが、端正な雰囲気と家内安全の御利益がありそうな名称がいいですね。

日本橋本石町にある白幡稲荷神社です。
白旗といえば源氏ですが、その名前のとおり、源義家が奥州へ行く際このあたりに白旗を建てたことに由来しています。
源義家は英雄??と思ってますが、この神社は老舗の多い日本橋という場所のような威厳があります。

最後に福徳神社です。再開発に伴い境内が新たに整備されたお稲荷様ですが、859~876年頃(応天門の変の前後)にはこの地にあったそうです。

かつて日本橋宝町一帯は福徳村という村でしたが、めでたい地名であること、奈良時代からあるお稲荷様があることから古くから良い気が満ちた場所だったに違いないです。
再開発で生まれ変わる一方で伝統も残り続けている日本橋そのもののようなお稲荷様達でした。

日本橋本町にある福田稲荷神社です。由緒によると平城京が建てられた頃にはこの地にあったということです。綺麗に整備されているので今なお大切に祀られております。

同じく日本橋本町にある両社稲荷神社です。由緒は定かではありませんが、江戸時代初期にはこの地にあり再開発で一旦取り壊されましたが、近年新たに造営されました。お稲荷様は商売繁盛の神様ですが日本橋の繁栄ぶりの秘密は信心深さのおかげでしょうか?

日本橋宝町にある家内喜稲荷神社です。先ほど紹介した2社のお稲荷様からみて昭和通りを渡った場所にあります。
「やなぎりいなりじんじゃ」と読むます。由緒は不明ですが、端正な雰囲気と家内安全の御利益がありそうな名称がいいですね。

日本橋本石町にある白幡稲荷神社です。
白旗といえば源氏ですが、その名前のとおり、源義家が奥州へ行く際このあたりに白旗を建てたことに由来しています。
源義家は英雄??と思ってますが、この神社は老舗の多い日本橋という場所のような威厳があります。

最後に福徳神社です。再開発に伴い境内が新たに整備されたお稲荷様ですが、859~876年頃(応天門の変の前後)にはこの地にあったそうです。

かつて日本橋宝町一帯は福徳村という村でしたが、めでたい地名であること、奈良時代からあるお稲荷様があることから古くから良い気が満ちた場所だったに違いないです。
再開発で生まれ変わる一方で伝統も残り続けている日本橋そのもののようなお稲荷様達でした。
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月百姿 その4
月百姿はかっこいい作品も多いから好きですが、一番お勧めしたいのは「南海月」です。

諸観音菩薩を産んだ白衣観音様が、南方にあるという観音の住処、補陀落山に居るを姿を描いております。
月の光を浴びるのは好きです。月の光には、一日が無事終わったという安堵感もあるせいか、癒しを感じからです。嫌なことが続いた時期はベランダで月を眺め、心を落ち着かせたものです。
この作品は母性が漂います。また、先ほどの月光の効用も相まって癒されます。月百姿は傑作ぞろいの作品集ですが、「南海月」は見ているだけで心が浄化されるので特にお勧めしたいです。

諸観音菩薩を産んだ白衣観音様が、南方にあるという観音の住処、補陀落山に居るを姿を描いております。
月の光を浴びるのは好きです。月の光には、一日が無事終わったという安堵感もあるせいか、癒しを感じからです。嫌なことが続いた時期はベランダで月を眺め、心を落ち着かせたものです。
この作品は母性が漂います。また、先ほどの月光の効用も相まって癒されます。月百姿は傑作ぞろいの作品集ですが、「南海月」は見ているだけで心が浄化されるので特にお勧めしたいです。
上野動物園
10月8日に上野動物園に行ったので、動物達を紹介します。

まずはプレーリードッグです。ちょうど餌を食べているところでした。なんか幸せそうに食べています。

いろいろな種類の猿が飼育されていますが、日本猿は数が多く、猿ごとの個性が楽しめてい良いです。なお、この猿山は昭和6年頃建てられたものです。

コビトカバです。よちよちした感じが普通のカバよりかわいいですね。

ハシビロコウです。パンダに次いで人気があります。

じっとしていることで有名ですが、エサが確実にある飼育されている個体は意外と動き回ります。それでも、近くで飼育されているフラミンゴよりは動きません。

びっしとした姿は先輩とか師匠と呼びたくなるような威厳あります。そこがいい!
また、けものフレンズにハシビロコウちゃんというキャラクターがいますが、私は好きです。

ケープペンギンです。この日は、蝶々を見てなんだなんだと騒いでる姿を見ることができました。

シロクマです。今月は師走のような気温の日々が続いてますが、この日10月8日は夏日でシロクマも暑そうでした。

ゼニガタアザラシです。海獣たるアザラシはアウアウいって芸するところより、優雅におよぐ様こそ本来の姿ですね。
近々パンダの赤ちゃんが公開されますが、その際は是非見たいものです。また最近、ゴリラの赤ちゃんも生まれたそうです。これも見てみたいものです。

まずはプレーリードッグです。ちょうど餌を食べているところでした。なんか幸せそうに食べています。

いろいろな種類の猿が飼育されていますが、日本猿は数が多く、猿ごとの個性が楽しめてい良いです。なお、この猿山は昭和6年頃建てられたものです。

コビトカバです。よちよちした感じが普通のカバよりかわいいですね。

ハシビロコウです。パンダに次いで人気があります。

じっとしていることで有名ですが、エサが確実にある飼育されている個体は意外と動き回ります。それでも、近くで飼育されているフラミンゴよりは動きません。

びっしとした姿は先輩とか師匠と呼びたくなるような威厳あります。そこがいい!
また、けものフレンズにハシビロコウちゃんというキャラクターがいますが、私は好きです。

ケープペンギンです。この日は、蝶々を見てなんだなんだと騒いでる姿を見ることができました。

シロクマです。今月は師走のような気温の日々が続いてますが、この日10月8日は夏日でシロクマも暑そうでした。

ゼニガタアザラシです。海獣たるアザラシはアウアウいって芸するところより、優雅におよぐ様こそ本来の姿ですね。
近々パンダの赤ちゃんが公開されますが、その際は是非見たいものです。また最近、ゴリラの赤ちゃんも生まれたそうです。これも見てみたいものです。
続日本橋寺社巡り その3
続日本橋寺社巡りの第三弾は、人形町から東日本橋にかけてのお稲荷様を紹介します。
お稲荷様を紹介する前に、人形町3丁目で撮影した商店と蔵です。このような昔ながらの建物がひょっこりと残っている街です。

先ほどの民家の近くにあるのが橘稲荷です。由緒書きによると「当初御殿山にあったものが江戸城内へ移り、さらに将軍家御典医岡本玄冶に下賜されて、岡本玄冶の邸があった当地へ移されたといい、岡本玄冶の元姓が橘に因んで、橘稲荷と称された」とのことです。察するに、御殿山は太田道灌が城を気づいた場所なので、中世に創建されたということでしょうか?
街中のお稲荷様の中には古社といってもよいものも中にはあります。

日本橋富沢町にある富沢稲荷神社です。人形町はお稲荷様の密集地といっても過言ではなく、周辺には三光稲荷神社(こちら)、末廣神社(こちら)etcがあります。

久松神社です。久松町会館内にあります。由緒は不明です。

久松神社から見て小伝馬町の方面にある日本橋堀留町の池洲稲荷神社です。創建時期は不明ですが、かつてこの地に池洲屋敷があり、その池から現れたお稲荷様を祀った神社とのことです。

最後に東日本橋の玉尾稲荷神社です。残念ながら由緒等は不明です。

今回はいつ頃創建されたか不明のお稲荷様が多かったです。
再開発が絶え間ない東京では消えたお稲荷様も多いですが、今なおその土地に残っているということはそれだけ畏れられていると思われます。次回は続日本橋寺社巡りの最終回で日本橋室町周辺です。
お稲荷様を紹介する前に、人形町3丁目で撮影した商店と蔵です。このような昔ながらの建物がひょっこりと残っている街です。

先ほどの民家の近くにあるのが橘稲荷です。由緒書きによると「当初御殿山にあったものが江戸城内へ移り、さらに将軍家御典医岡本玄冶に下賜されて、岡本玄冶の邸があった当地へ移されたといい、岡本玄冶の元姓が橘に因んで、橘稲荷と称された」とのことです。察するに、御殿山は太田道灌が城を気づいた場所なので、中世に創建されたということでしょうか?
街中のお稲荷様の中には古社といってもよいものも中にはあります。

日本橋富沢町にある富沢稲荷神社です。人形町はお稲荷様の密集地といっても過言ではなく、周辺には三光稲荷神社(こちら)、末廣神社(こちら)etcがあります。

久松神社です。久松町会館内にあります。由緒は不明です。

久松神社から見て小伝馬町の方面にある日本橋堀留町の池洲稲荷神社です。創建時期は不明ですが、かつてこの地に池洲屋敷があり、その池から現れたお稲荷様を祀った神社とのことです。

最後に東日本橋の玉尾稲荷神社です。残念ながら由緒等は不明です。

今回はいつ頃創建されたか不明のお稲荷様が多かったです。
再開発が絶え間ない東京では消えたお稲荷様も多いですが、今なおその土地に残っているということはそれだけ畏れられていると思われます。次回は続日本橋寺社巡りの最終回で日本橋室町周辺です。