蔵前・鳥越周辺のお稲荷様 その1浅草橋駅周辺のお稲荷様
5月から6月の仕事が早く終わった日に台東区の蔵前・鳥越周辺のお稲荷様を巡りました。今回を含め4回連続で紹介します。
まずは浅草橋駅周辺です。

まずは柳橋1丁目にある笹塚稲荷神社です。
創建時期は不明ですが、新田義貞の家臣篠塚伊賀守重廣が当地にあった稲荷社に祈願を続けていたことから、「篠塚稲荷」と称されたとのことです。近辺に日本武尊が創建した第六天榊神社(こちら)があることから古代から中世にかけてこの辺りは聖地だったのかもしれません。

石塚稲荷神社です。浅草御蔵前元旅籠町の居住者有志が創建し、元禄元年にこの地に移転したとのことです。稲荷巡りの上野界隈編でも紹介しましたが、台東区は「カギかっこの閉じる」形をしたお稲荷様が多い気がします。

浅草橋2丁目にある扇稲荷神社です。桑名藩松平家の江戸屋敷の屋敷神でしたが明治時代にこの地に移転しました。

浅草橋3丁目にある加賀美久米森稲荷神社です。「カギかっこの閉じる」形をしています。
江戸時代初期当地に住んでいた加賀美太夫が邸内社として創建したそうです。加賀美太夫は猿回しであると同時に高名な祈祷師で将軍の大病を治した褒美にこの地に邸宅を構えました。

同じく浅草橋3丁目にある甚内神社です。
武田家再興をはかって江戸市中を乱したものの瘧(マラリア)に苦しんでいたところを幕府に捕えられた高坂甚内を祀った神社です。
処刑される際に「瘧に悩む人もし我を念ぜば平癒なさしめん」といったことから、甚内霊神として尊崇を集め現在に至っております。下町の街角の神社を多く紹介してきましたが、多くは武家、商家の屋敷神、有志による創建が多いですがこの神社は謂れが特異です。そのせいか今まで紹介した中で一番畏れを感じました。
次回は地下鉄蔵前駅周辺です。
まずは浅草橋駅周辺です。

まずは柳橋1丁目にある笹塚稲荷神社です。
創建時期は不明ですが、新田義貞の家臣篠塚伊賀守重廣が当地にあった稲荷社に祈願を続けていたことから、「篠塚稲荷」と称されたとのことです。近辺に日本武尊が創建した第六天榊神社(こちら)があることから古代から中世にかけてこの辺りは聖地だったのかもしれません。

石塚稲荷神社です。浅草御蔵前元旅籠町の居住者有志が創建し、元禄元年にこの地に移転したとのことです。稲荷巡りの上野界隈編でも紹介しましたが、台東区は「カギかっこの閉じる」形をしたお稲荷様が多い気がします。

浅草橋2丁目にある扇稲荷神社です。桑名藩松平家の江戸屋敷の屋敷神でしたが明治時代にこの地に移転しました。

浅草橋3丁目にある加賀美久米森稲荷神社です。「カギかっこの閉じる」形をしています。
江戸時代初期当地に住んでいた加賀美太夫が邸内社として創建したそうです。加賀美太夫は猿回しであると同時に高名な祈祷師で将軍の大病を治した褒美にこの地に邸宅を構えました。

同じく浅草橋3丁目にある甚内神社です。
武田家再興をはかって江戸市中を乱したものの瘧(マラリア)に苦しんでいたところを幕府に捕えられた高坂甚内を祀った神社です。
処刑される際に「瘧に悩む人もし我を念ぜば平癒なさしめん」といったことから、甚内霊神として尊崇を集め現在に至っております。下町の街角の神社を多く紹介してきましたが、多くは武家、商家の屋敷神、有志による創建が多いですがこの神社は謂れが特異です。そのせいか今まで紹介した中で一番畏れを感じました。
次回は地下鉄蔵前駅周辺です。
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